教えて持田さん!
Column
K-T境界はどこへ行った?
「K-Pg境界」と聞いて、昔から浦幌に暮らしている人のなかには、首をかしげる人がいます。
「それって、K-T境界とは違うの?」
はい、指している境界は同じです。
現在は「K-Pg境界」と呼ぶのが一般的ですが、以前は「K-T境界」と呼ばれていました。
前回お話ししたとおり、「K-Pg」のKはドイツ語のKreide、Pgは英語のPaleogeneに由来します。Kreideは白亜紀、Paleogeneは古第三紀を表しています。
この古第三紀に続く時代が「新第三紀」です。古第三紀は約6600万年前から約2300万年前まで、新第三紀はそこから約258万年前までの時代を指します。
かつては、この古第三紀と新第三紀をまとめて「第三紀」と呼んでいました。第三紀は英語でTertiary(ターシャリー)。そこで、白亜紀を表すKと、第三紀を表すTを組み合わせて、「K-T境界」と呼んでいたのです。
その後、国際的な地質年代の区分では、「第三紀」をひとまとめの正式な区分として扱わず、「古第三紀」と「新第三紀」に分けて表すようになりました。それに伴って、白亜紀と古第三紀の境界も、「K-T境界」ではなく「K-Pg境界」と呼ぶのが一般的になりました。
つまり、K-T境界がどこかへ消えてしまったわけではありません。
境界はそのまま。名前のほうが変わったのです。
浦幌町立博物館の展示では、「K-Pg境界」の「Pg」の文字が、テプラで張られています(写真参照)。実は、その下には、かつて使われていた「T」の文字が隠れています。
名称がK-TからK-Pgへ変わったとき、展示板全体を作り替えるのではなく、「T」の上から「Pg」を重ねたためです。
いわば、地質年代区分の変化が、そのまま展示の中に地層のように残っているのです。
今回、クラウドファンディングでいただいたご支援により、この部分もようやく新しく作り替えます。